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2024.11.12
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『森田療法』 岩井寛 (講談社現代新書,1986年)

いわゆる精神分析は、人がこころの深くに持っている不安や葛藤へとアプローチしていき、精神療法でもってそれらの除去や緩和を目指す傾向があるとすれば、「森田療法」と呼ばれるアプローチは、不安や葛藤と共存していくためのアプローチという言い方が出来るかと思います。現代の精神科の全てが「森田療法」を取り入れているわけではなく、治療において積極的に取り入れているところは限られているともいえますが、それでも根強い支持はあるといえます。


森田療法は、森田正馬によって今より100年くらい前に始められたもので、日本よりも海外のほうで先に認められることになりました。この森田療法のことを一般向けにわかりやすく書いたのが『森田療法』という一冊です。著者であり医学博士であった岩井寛先生はこの療法の実践者であり本作品が最後の本となりました。


森田は、人間が持っている欲望を「生の欲望」として二つに分けており、一つを生存に欠かせない欲(生存欲・自己保存欲)、もう一つは人間がより良く生きようと向上を目指していく中で生まれてくる欲(向上発展欲)とします。生存に欠かせない欲には、衣食住を確保して安全に暮らす、病やストレスを回避する、種族を保存するなど安定に関わるものともいえ、もう一つの欲には、たとえば、より多くの人から好意を寄せられたい、自分をより良く見せたい、夢や理想を実現したい、といった社会的なものが含まれてきます。


前者の欲については、これの実現を阻む問題や障害から逃避したいという気持ち、後者は「かくありたい」「かくあるべし」という気持ちに至りやすく、人によってはこの狭間で否定と肯定の相反を抱えやすくなります。それはたとえば、前者の欲については求め過ぎるのは悪いものだという気持ちを起こしては強い否定が働きます。後者の欲については人間を良く向上もさせますが、より多くを求めていく中で挫折して苦しみつつも、この「良い」欲望に強い肯定が働きます。こうした相反に葛藤する中で強迫観念、不安神経症、普通神経症などの神経質症が起きてくるともいえますが、森田療法では神経質症への対応がその核心にあります。


森田療法は、「生の欲望」の葛藤に対して、ある部分では「あるがまま」に受け入れることを提起し(これは好き勝手をするという意味ではなく、無理に取り除こうとはしないが、無駄なこだわり(無理に抑圧しよう)は捨ててしまうなど)、同時に「かくありたい」「かくあるべし」という「とらわれ」でついとってしまう行動(「はからい」)などを、独特の入院療法などで治療を試みていくものとなります。


この入院療法を簡潔に言えば「臥褥療法」(静かに眠ること)と「作業療法」に分かれています。入院して、日常的世界とは隔絶された刺激のない部屋で食事と排泄だけを基本とする静かな生活(「臥辱」)をさせていると、それまでに抱えてきた苦悩の観念が浮かんでは消えを繰り返しながら次第に弱まっていくとします。それと並行するかのように自然などの刺激を欲する「生の欲望」が沸き起こって来るといいます。これを契機として少しずつ体を動かし、入院先のキッチン回りの仕事、配膳、掃除や一定のレクリエーションなどの作業を取り入れていく。こうした営みの中で「生の欲望」の諸々から逃避したいという気持、反対に欲求したいという気持ちが交互しながらも、心身を動かしていくことを是とする気持ちの強まりとともに「あるがまま」に整えられていく「態度形成」が行われるというものになります。


このように書くと「認知療法」のように出来るところから少しずつ行動していくことに類似しているようにも思えますが、認知療法が物事の認知(感じ方(考え方))のバランスを取ることに対して、森田療法では「生の欲望」があり「あるがまま」に受け入れざるを得ない、言い方を換えればバランスを巧く取り切れない人間を認めてそれを受け入れるのを求めているともいえます。この本は森田療法について知識と同時に人間の精神が持つ難しさについても教えてくれる一冊です。

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