『禅と精神医学』 平井富雄(講談社学術文庫,1990年)
スティーブ・ジョブズのお陰でマインドフルネスという言葉はそれなりに社会的認知を受けるようになりました。禅の考え方をオリジナルに持つマインドフルネスに対して精神科医は様々な見解を持っています。精神科とマインドフルネスの原点ともいえる禅の関係について論じた硬派な本を紹介したいと思います。
平井富雄『禅と精神医学』(講談社学術文庫,1990年)、この本は、医学博士の平井富雄(1927~1993)が精神科医としての立場を自覚しながらも、曹洞宗の瑩山(けいざん)禅師(1268~1325)の『坐禅用心記』を、医学的な視座から考えているものです。この本を執筆するにあたって、平井博士は禅について深い研究を行い、禅が持つ効果を医学から肯定的に支持をしています。
平井博士は、精神科医として人々を診療してきた体験を話しながら、禅の領域の知識も入れ込み、ところどころで『坐禅用心記』を引用して解釈をしています。たとえば、日々を生きる中で、何かを手に入れるために頑張り続けて、いつしか自分のタイトルや地位につよくこだわってしまう自己顕示について、『坐禅用心記』から「かつて名を知らず」などを引用して考察をしています。日本では有名かどうかが何かを進めていくときに有利な場合もあるし、それで上手くいくならばこのことは肯定されても良いといいます。他方で、本人があまりにこだわってしまい病んでしまえば、有名はむしろ自分を傷つけるものにもなるともいっております。
平井博士の禅に対する態度はポジティブなものであり、脳波データからも坐禅が良い効果を与えるとしていますが、全面的賛同というわけではなくかなり厳しいこともいっています。ストレスフルな社会で、禅が坐禅の効能ばかりを主張してしまえば、それは禅が今を生きる人たちに対して媚びるだけになってしまうともいいます。これは精神科領域にも当てはまるかと思います。
この本は、精神医学と禅を共に論じながら、共通するところに焦点をあてつつ、精神医学からみて禅を支持できる部分と、批判をするべき部分との調和がとても上手にとれていると思います。平井博士は精神科医としてきちんと線を引いたともいえますし、ご自身の専門知を超えてまでして無理に筆を進めるようなことはしていません。あくまでも精神医学と禅の価値を並立させるものになっていると思います。冒頭でも述べたように硬派な本ですが深い知識を与えてくれる一冊だと思います。