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2024.11.12
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『これからの「正義」の話をしよう―いまを生き延びるための哲学』 マイケル・サンデル (早川書房,2011年)

こころの調和をとることに苦しみ、それを取り戻すことを求めている患者に対して、精神科は何が正しい、どうやるのが正しい、こうするべきだといった強い主張をすることはあまりしないといえます。それを行うには物事に対して明確な価値判断をすることが求められ、こころの不調和の問題は、からだに関する医学的な専門知だけにはとどまらない領域の判断も含まれてきます。それゆえにどうしても慎重な物言いとなりがちです。


他方で、人間の喜怒哀楽といった感情の揺らぎが、こころの調和に結びついており、これらの感情の発露は、どれも社会生活と直結している中で起きているのも確かだと思います。社会生活の中で感じる矛盾や問題を、誰しもが冷静に整理することができれば良いですが、いつも可能なわけではなく、ときに何に感情を揺るがされているのかわからなくなるときもあるものです。


精神科はその精神分析の手法でもって精神療法を行いますが、それは個人やその環境に焦点を絞ることが多くなります。他方で、個人が社会の中で生きていることも事実であり、社会や組織に対して感じている気持ちがこころの不調和の原因にもなります。社会や組織の中で、自分はどのような価値観を持ち、何に感情を揺らされているのか、そのようなことを考える上でハーバード大学教授のマイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう―いまを生き延びるための哲学』は良き一冊だと思います。


前置きが長くなってしまいましたが、この本は哲学のジャンルに入りますが、何が正しいか、何が正義かということを一方的に押し付けるようなものではありません。考えられる限りの社会における事例を出し、同時にこれまでの歴史が育んできた哲学者を登場させてその考え方を引き合わせながら、何が正しいのか(それぞれが何を支持するか)を考えさせてくれるものとなっています。


全10章で構成されており、カント、ロールズ、アリストテレスなどの哲学が軸となりつつ、正義、自由、公正、平等の意味合いを探りゆく流れとなっています。ただ、事例としては、たとえば、米国のハリケーンの後に起きた商品の便乗値上げは市場の「自由」として許容されるのか、それとも「正義」には適っていないのか。アフガニスタンやイラクで起きた戦争で、肉体を負傷した兵士たちはパープルハート勲章を授与されるが、心的外傷後ストレス障害(PTSD)で「負傷」した兵士については認められていない。これは前者が勲章に値して、後者がそれに値しないということになってしまうが正しいといえるのか。こうした現代社会に起きた事例、社会に翻弄される個人の事例を通して考えていくものとなっています。視点を柔軟にすれば、こころの不調和の多くもこうした社会との関係で起きている部分もあり、これらの事例を通して、自分の価値観を探っていくのもときに大切だと思っています。この本は精神科の領域を超えた部分でもありながら、大きく見れば精神科もまた含まれる部分を示してくれ、大切なことを考えさせてくれる一冊です。

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