認知行動療法 と こころの調和―― 第三章 不安を悪者にしない・1

最後に、「不安そのものをどう見るか」というお話です。
診察の中では、「この不安さえなければ」「不安をゼロにしたい」という言葉をたびたび耳にします。お気持ちはよくわかりますが、不安を完全に「敵」(余計な物)として扱ってしまうと、かえって身動きがとれなくなってしまうことも少なくありません。
・「不安」は危険を知らせるサイン
そもそも不安は、本来「危険かもしれないから、少し立ち止まろう」というサインとして備わっている感情ともいえます。
将来の仕事のことを考えるからこそ、資格を取る勉強を続けようと思える。地震や災害が怖いからこそ、防災の備えをしようとする。健康が心配だからこそ、検診に足を運ぶ。こう考えると、不安は人生に必要な「ブレーキ」であり、「方向を考え直すきっかけ」でもあると思います。
問題は、そのブレーキが強く踏まれすぎて、「一歩も前に進めない状態」になってしまうときです。
たとえば、就職活動のことを考えると、胸が苦しくなって眠れなくなる。親しい人や自分の「死」の可能性を考えると、頭から離れなくなってしまう。先のことばかりが気になり、今やるべき小さなことに手がつかなくなる。
こうしたとき、認知行動療法では「不安を消す」のではなく、「不安とどう付き合うか」を一緒に考えていくことになります。
・不安と実際に起こることを分けてみる
一つは、「不安に思うこと」と「実際にそれが起こること」を分けることです。
不安の中では、頭の中の可能性がすべて現実のように感じられてしまいますが、人は経験や知恵によって多くの危険を避けたり、被害を小さくしたりできるようにもなります。今感じている強い不安のかたちが、この先ずっと続くわけではない、という視点を少しずつ取り戻していくことが大切といえるでしょう。
・最悪の状況でも、残るものは何か
もう一つは、「最悪のケースをあえて考え切ってみる」という作業です。
これは、悲観に沈み込むためではなく、「そこまで行っても何が残るのか」を冷静に確かめるための作業です。大事なものを手放さざるを得なくなるかもしれない。今の仕事の形が続けられなくなるかもしれない。そうした想像を、法律や社会制度などの情報も交えながら、一度最後までたどってみます。
そのうえで、「それでも残るもの」を一緒に数えていきます。
たとえば、健康な身体、これまで積み重ねてきた経験や技能、相談できる家族・友人・専門家とのつながり。最悪のシナリオを通り抜けた先にも、まだ自分の手元に残り続けるものがあると気づくと、「ゼロになってしまう」という感覚から少し離れることができます。
目の前の取り組みがうまくいかなくても、人間には「別の形でやり直していく」力がある。
そうした感覚を言葉の上だけではなく、具体的な想像を通して育てていくことは、「マイナス状態のさらに先でも、自分は何かしらの選択ができる」という静かな自信につながります。マイナスをただ怖がるだけでなく、マイナスの先での身の置き方まで、あえて考えてみる。これも一つの、前向きな不安の使い方といえるでしょう。