『はじめての認知療法』 大野裕 (講談社現代新書,2011年)
人が日々を生きていく中で、物事に対する感じ方(考え方)に個性が出てきます。もう少し言い方を換えれば、この感じ方(考え方)が、気づかぬうちに歪んでしまい、それが行き過ぎてしまえば生きづらくもなります。感じ方(考え方)を「認知」という言葉に置き換えて、認知の歪みに気づきそれを負荷になり過ぎないところから直していこうとする試みが認知療法であるといえます。
ここで紹介する『はじめての認知療法』を著した医師の大野裕先生は、認知療法を米国で学び、日本で実践している第一人者ともいう人で、この本は一般向けの新書という性質を十分過ぎるくらいに踏まえて、認知療法のエッセンスをわかりやすく説明しています。
米国で効果が証明された認知療法が着目されるようになったのは、1980年代と比較的最近のことですが、うつ病、パニック障害、強迫性障害、PTSD(心的外傷ストレス障害)、パーソナリティ障害、双極性障害、統合失調症の治療や再発の予防にも有効であるとの理解が進みました。たとえば、日々の暮らしの中でストレスを受けることは避けられませんが、これを感じ続けると人は悲観的になり、さらに感じ方(考え方)に影響を及ぼし始めると物事の解決が巧く出来なくなります。悲観的に傾き過ぎた感じ方(考え方)のバランスを回復させるのが認知療法であるといえますが、そのアプローチはとても実用的であるといえます。
この本では「自動思考」と「スキーマ」いう用語が一つの軸になっていますが、前者は何かを経験した時に意識せずに(意識して整理せずに)浮かび上がってくる思考の流れを指し、後者はこの「自動思考」をさせているそれぞれの人が持つ価値基準(価値観)となります。普段、個人は自分がどのような「自動思考」を持っているのかあまり気づいていないといえますが、認知療法では医師と患者の対話、患者みずから自分を客観視する取り組みなどから、常識的(合理的)にみて自分の認知に歪みが出ているのではないかと探りゆくところから始まります。そして、この歪みに気づくことが出来たら、その歪みを冒頭でも触れたように負荷が少なく可能なところから修正していくことになります。
何をする気力がなくても、ほんの小さなことでも出来るところからはじめていく。そして出来た行動を自分で肯定する(肯定するために記録をつけていく)。人と向き合うのが出来なくなっても、事前にシミュレーションを重ねて出来る範囲を探っていく。向き合って何を話すか、どのように言えばよいか。相手はどのように感じるか。自分はどこまでなら言ってよいのかなどを書き出しながら整理をしていく。こうした繰り返しで自分が主動的に出来ることを増やしていき、自信を回復させることで認知の歪みを直していくあり方ともいえるでしょう。米国らしくとても実用的なものであり、個人の思想や信条についての価値観などに介入することなく、人間が持っている合理性を信頼して、それを適度なバランスに回復と維持を試みて、人がお互いを尊重できるようなあり方を模索しているアプローチともいえると思います。ある意味では難しく考え過ぎないで、その分のエネルギーを柔らかく考える方へと注ぐともいえる認知療法の考え方を、この本はとても読みやすい文体で説いています。